東京高等裁判所 昭和25年(ネ)280号 判決
控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し東京都品川区中延四丁目八百三十番地ノ一宅地七十八坪一合四勺の内西側道路に面した二十九坪九合六勺五才を、同地上に存在する木造トタン葺平家建坪五坪、木造トタン葺平家建坪二坪、木造トタン葺平家建坪一坪の建物を收去して明渡すべし。被控訴人は控訴人に対し右土地について、昭和二十三年七月一日以降昭和二十五年七月末日までは一坪一ケ月金二円の割合、昭和二十五年八月一日以降該土地の明渡済に至るまで一坪一ケ月金四円五十九銭の割合による損害金を支払うべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決並びに仮執行の宣言を求めると申し立て、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の供述は、左記の通り当審において夫々新たな陳述をなした外は、いずれも原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
控訴代理人の当審における新たな陳述。
(一) 訴外鰐淵友三郎は東京都品川区中延四丁目八百三十番地宅地百四十五坪七合六勺、同所四丁目八百三十一番地ノ一宅地百六十六坪九合一勺、同所五丁目八百三十一番地ノ二宅地十五坪五勺を所有していたが、昭和十三年八月九日死亡し、訴外鰐淵佐三外七名において遺産相続をなし右土地の所有権を取得した。しかるに、右友三郎はその生前中井家に養子となつていた長男中井佐太郎から借受金債務を負担して居り、右遺産相続人等の佐太郎に対する債務は遺産相続後順次増加し合計金二万八千円となつた。よつて右遺産相続人等全員は昭和十五年四月頃該債務の担保として右三筆の土地を佐太郎に譲渡した。しかし、その譲渡の登記をしなかつたのは勿論、前記遺産相続に因る所有権の取得登記もしなかつたので、依然友三郎名義の所有権登記となつていた。
(二) 控訴人は本件土地(後記合筆並びに分筆登記後における品川区中延四丁目八百三十番地ノ一宅地七十八坪一合四勺)の東部二十八坪を昭和十七年五月二日以降賃借していたのであるが、昭和二十年三月強制疎開により同地上に控訴人が所有していた家屋は取毀された。しかし、終戦後東京都の右土地の借上げが解除されたので、控訴人は罹災都市借地借家臨時処理法に基いて、前記鰐淵佐三を相手方として右借地につき、賃借権の設定並びに借地条件確定の申出をしたところ調停に付された。この調停続行中に該土地の真実の所有者が前記中井佐太郎であることが判明したので、同人は調停の利害関係人として参加し、同人と控訴人との間に昭和二十三年四月二十四日調停成立し、控訴人は佐太郎から前記三筆の土地を買受けその所有権を取得した。而して鰐淵友三郎の遺産相続人等は一同右調停に承諾を与えたのである。
(三) 控訴人が右調停によつて中井佐太郎から買受けた前記土地三筆の内中延四丁目八百三十番地宅地百四十五坪七合六勺と同所八百三十一番地ノ一宅地百六十六坪九合一勺とを合筆した上、更らにこれを分筆して同所八百三十番地ノ一宅地七十八坪一合四勺(本件土地)及び同番地の二乃至六の六筆とし、右合筆及び分筆については鰐淵友三郎の登記名義のままで昭和二十三年六月十六日その登記を了し、又右八百三十番地ノ一宅地七十八坪一合四勺については右友三郎の登記名義から直接控訴人の所有名義に移転登記をした。
(四) 被控訴人は本件地上に請求の趣旨記載通りの建物を所有しているから、当審においては、これが收去を求める。又昭和二十五年八月一日地代家賃統制令による地代が修正されたから申立記載のような損害金の支払を求める次第である。と述べた。
被控訴人の当審における新たな陳述。
控訴人の右主張事実中本件土地八百三十番地ノ一宅地七十八坪一合四勺が合筆並びに分筆の上控訴人名義に所有権移転登記がなされたこと及び被控訴人が本件地上に控訴人主張の建物を所有することはこれを認めるが、その余の事実は知らないと述べた。
<立証省略>
三、理 由
控訴人主張の本件土地である東京都品川区中延四丁目八百三十番地ノ一宅地七十八坪一合四勺(控訴人主張の合筆並びに分筆後の土地)は元亡鰐淵友三郎の所有に属し、被控訴人は同人から該土地の内本件係争の部分即ちその西側道路に面した二十九坪九合六勺六才を含む宅地百余坪(友三郎は本件土地以外にも右合筆並びに分筆前における控訴人主張の二筆の宅地を所有していた)を昭和初年に建物所有の目的で賃借し同地上に家屋を所有していたところ、該家屋は昭和二十年三月強制疎開のため取毀ち除却せられ、右借地は東京都に借り上げられていたが、終戦後に東京都の右借地は解除せられ、該土地は所有者に返還せられたこと、被控訴人は右建物除却当時における借地権者であつたので、昭和二十三年一月十三日附同月十六日到達の書面で訴外鰐淵佐三に対し罹災都市借地借家臨時処理法の規定に基き賃借の申出をしたこと(佐三がこの申出を受ける権限を有したか否かは後に説明する)についてはいづれも当事者間に争がない。而して、右土地は事実摘示に記載したような控訴人主張通りの経過により、控訴人が昭和二十三年四月二十四日成立した調停により買受けその所有権を取得し、同年六月十七日その登記を了したこと、即ちこれを詳言すれば、鰐淵友三郎は昭和十三年八月九日死亡したので、同人の子鰐淵佐三外七名にて遺産相続をなし右土地の所有権を取得したが、同人等は全員にて右友三郎の長男で中井家の養子となつていた中井佐太郎に対し金二万八千円の債務を負担していたので、昭和十五年四月頃該債務の担保として右土地を譲渡したこと、昭和二十三年四月二十四日前記の通り控訴人は佐太郎より調停によつて該土地を買受けその所有権を取得したこと、登記簿上の所有名義は前示友三郎の死後も依然として同人名義の儘にしてあつて、遺産相続並びに譲渡担保についてはいづれも登記をしなかつたこと、昭和二十三年六月十六日に右友三郎の所有名義の儘で合筆並びに分筆の登記をした上、右の通りその翌十七日本件土地七十八坪一合四勺については友三郎の所有名義から控訴人名義に直接に所有権移転登記がなされたものであることが、成立に争のない甲第一号証第三号証の一乃至五第四号証の一第八号証一、二第九、十号証原審証人鰐淵佐三の証言により真正に成立したと認める甲第二号証当審における証人中井佐太郎、鰐淵佐三の各証言控訴人本人尋問の供述によつて認められる。
右の認定によつて明かなように、被控訴人が鰐淵佐三に対し本件土地について賃借の申出をした昭和二十三年一月十五日当時においては、該土地の所有権は譲渡担保として譲受けた中井佐太郎の所有に属していたが、この土地については、鰐淵佐三が佐太郎の実弟として地代の取立管理賃貸等従つて又本件におけるような賃借申出受領の権限の如きものまでも与えられていたことは、当審証人中井佐太郎、鰐淵佐三の各証言と弁論の全趣旨殊に控訴人自身も本件土地七十八坪一合四勺の東部の一部を借地していたので右佐三が地主なりと思料し同人を相手方として罹災都市借地借家臨時処理法に基き東京地方裁判所に賃借権設定並びに借地条件確定の申立をしたところ、その手続の進行中に真実の所有者は佐三ではなく、中井佐太郎であることが判明するに至つた程であつて、従つて佐三は該土地については外観上は恰かも所有者であるかのような取扱をしていたことが推知し得られる事実に徴して明瞭であるといわなければならない。
従つて、控訴人のなした前記賃借の申出は真実の土地所有者に対してその効力を生じ罹災都市借地借家臨時処理法の規定に基き賃借権が設定せられたものというべく、又その賃借権はその後に本件土地の所有権を取得した控訴人にも対抗力を生じたことは勿論である。
控訴人は、被控訴人の右賃借申出は正当な土地所有者に対してなしたものでないから、効力を生じないと主張しているが、その理由のないことは右の説明によつて明である。
次に控訴人鰐淵佐三は被控訴人の右賃借申出に対し昭和二十三年一月十八日拒絶の通知をしたので、賃借権設定の効力を生じないと主張している。しかし右拒絶について正当の理由のあつたことについては、これを認めうるような証拠がないから、賃借権設定の効力を否定することはできない。
なお、控訴人は、被控訴人の前記賃借申出により賃借権が成立したとしても、被控訴人は賃借申出後一年以上を経過しているのに未だ建物の建築に着手しないで該土地を野菜園として使用しているに過ぎないから、控訴人は罹災都市借地借家臨時処理法第七条に基き本件訴状により(昭和二十四年四月九日訴状送達)右賃借権の設定を解除する意思表示をした。従つて、これにより被控訴人の賃借権は消滅したと主張している。しかし、原審における検証の結果被告本人尋問の供述当審における控訴人本人尋問の供述を綜合すれば、被控訴人は前記の通り昭和二十三年一月十五日賃借の申出をなした後、同年三月頃本件借地上に木造トタン葺平家建十二坪の家屋を新築しようとして建築資材を準備し、大工に測量設計をなさしめたが、本件借地権の設定については当事者間に争があり、地主において建築届に承諾の捺印をせず、又控訴人が右賃借申出前から本件土地に古材を置いていたので、これ等が原因となり被控訴人は右建築に着手することができず、昭和二十四年六月二日(原審検証の日)までに本件地上に一坪位の小屋を建築したに過ぎないことが認められる。右のような事情により、被控訴人が控訴人において賃借権設定契約の解除通知をなすまでに、建物所有の目的で本件土地の使用を始めなかつたことについては、正当の事由があつたものと認めるのが相当である。
従つて、控訴人の右賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないものである。
よつて、被控訴人は本件土地について賃借権を有し、その占有は正当な権原に基くものであるから、該土地の所有権に基き、被控訴人の不法占有を原因とし、本件土地の明渡並びに損害賠償を求める控訴人の本訴請求は全部失当であるから、排斥を免れない。従つて、右と同趣旨に出た原判決は正当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十五条の各規定を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 中島登喜治 小堀保 薄根正男)